2002年5月掲載
(
国民・住民投票を活かす会NEWS 2002.5)
山から見えた知事選挙 守るべきものをしっかり見据え
前知事が収賄容疑で逮捕され辞職したことによる今回の徳島知事選挙。市民らの要請を受けて昨秋に続いて2度目の立候補をし、そして見事その市民パワーで当選したのは元県議の大田正さんだった。メディアはことあるごとに「民主・社民・共産などの推薦」と報道したけれど、その大きな流れを作ったのは県下の市民たちの「勝手連」であり、保守県徳島でまさに「民」の勝利だった。
「勝手連」という縛りのない、自由意志での選挙への参加—保守県で一見賭け(!?)のような県民の良識を信じた選挙方法は、吉野川可動堰をめぐる住民投票を行った市民たちの考案による。従来の組織選挙ではなく「人から人へ思いを伝える」というのが、勝手連のやり方であり目的でもあった。きっとそれは吉野川可動堰建設計画の是非を問う住民投票(2000年1月実施)での手応えがひとつ大きな自信としてつながっていたように思う。前回の知事選挙でも「知事選の目的は、一人ひとりの力は小さくても自分が少しでも動けば知事も変えることができるということに、多くの人に気づいてもらうことだ」と「吉野川みんなの会」の姫野雅義さんが言われていた。まさに今回も勝手連の一人ひとり、県民の一人ひとりが主役だった。
そんな徳島市内の動きにとある小さな山村も加勢した。徳島県の端に位置する木頭村は、30年来のダム闘争に打ち勝った村だ。でもダムは中止になったものの、結局県の姿勢はなんら変わっていないことは、村の脱ダムのシンボル「(株)きとうむら」への嫌がらせや、昨年の村長選挙で藤田前村長の対抗勢力を推して当選させたことでも明らかだった。ここにはダム以来延々と、人々の間に深い溝が残されたままでいるのだ。
村ではダム計画が持ちあがった30年前、村長・行政・議会がダムを推進。その中をリコール運動などで着実に「ダム絶対反対」にひっくり返し、民意を届ける術を模索しながら手中にしてきた。たった人口2000人弱の村が、一度始まったら止まらないとといわれた大型公共事業を中止にまで追い込んだことで「蟻が巨象を倒した」などと形容された。でも、口では簡単に言えるけれど、地縁血縁が複雑に絡み合う小さな村社会である。そのしがらみを振り払っての行動はどれほど苦しい闘いだったろう。大型公共事業を提示され表向きのメリットと裏腹に破壊されるのは、自然だけではない。情に厚く、互いに助け合って暮らしてきた山の民にとって、コミュニティを破壊されることはことさら痛みを伴い、修復が難しいのだ。
そして、東祖谷山村出身の大田さんもまた山で生まれて育った「山のシ」である。父の炭焼きを手伝いながら片道6キロの山道を歩いて学校に通い、山で「生きる」ために生きてきた経験を持っている。木頭と同じ山のシとして、山の荒廃と過疎化の焦りを痛いほどわかっているはずであり、山の手入れを公共事業で行うことで山の荒廃を防ぎ雇用も生み出すという政策も上っ面だけのものではないことも木頭の人々は感じている。
木頭は98%が森林だ。戦後復興から高度成長期にかけての木材需要に応え、山々のほとんどの天然林が伐採された。里山を削ってまで国の拡大造林計画に従ったのだ。里山は山の民にとってて暮らしの場そのものであり、ここには今なお薪で風呂を焚き、秋には草を刈って春の畑に鋤きこむ準備をする暮らしがある。そんな中での里山の喪失、そしてすぐあとの木材需要の低迷、荒れる山、過疎化が進む村……。国の「使い捨て」の犠牲になったという思いと、自然の循環を断ってしまったことで自分たちに降りかかる負の結果を痛感した。ダム建設計画をはね返したのは、「もう騙されまい」というそんな経験があったからかもしれない。
「何としても大田さんに」という思いは木頭シたちを駆り立てた。そのほとんどが60歳以上。みなが必死の思いで選挙資金のカンパ集めに走り回り、県内各地に散らばった旧友へは順番に毎晩電話をかけた。そして自民の組織票を打破するために「投票に行こう!」と書かれたプラカードを持って沿道に立ち呼びかけた。これは勝手連事務所が考案した、かなりステキで効果のある運動のやり方だった。そのために山から下りて下流の町へ遠征。2日とあけず自家用車に乗り合わせ片道2時間もかけて、時には土砂ぶりの橋の上で、時にはお遍路さんが行きかう海辺の町で、通り過ぎるドライバー一人ひとりにプラカードを持って笑顔で手を振りつづけたた。町へ行くほど反応が少なく、「どして町の人は選挙に関心ないんじゃろう。自分たちのことやのに」というのが、木頭シたちには理解しがたい率直な疑問のひとつだった。県南の町で勝手連として少数派ながら頑張っている人たちとも合流し思いをひとつにできたのも、この知事選ならではのことだった。
こうして自らができるめいっぱいの範囲の選挙運動をしたあとの、大田さんの当確の速報に、いつもは静かな山村で我がことのように喜びあいその晩のうちに集まって祝杯をあげた木頭シたち。ダム以来、守るべきものが何なのかをしっかり見据えてきた強さのようなものが、今回の知事選への思いにもつながったのだと思う。市内だけでなく、保守層が多い各郡部でも必死の運動をしたことは、余り知られていないが取り上げるべき大きな動きだったと思う。
腹立たしいのは、今回の知事選の結果が市民の大きなパワーにあったことを、なぜメディアがもっと前面に出して報道しないのかということ。度重なる汚職による政治不信、教育の成果(?)による政治への無関心がしらじら〜と国じゅうにはびこる中、人としてこれほど元気づけられる内容はないではないか。市民の力を怖がっていいるのか、取材する力がないのか……。毎度のことではあるけれど、テレビも新聞も「政と官」の伝達機関のようで全く偏っている。多くの人々がそれによって情報を得て自分で判断することなく鵜呑みにしてしまっていることを思うと、本当に怖い。例えば、木頭のババたちが上下合羽姿で雨の中プラカードを持ってずらりと並んでいる中、うっとうしい顔つきで走り去っていったT新聞の記者さん、ちょっと車を止めて取材するくらいの記者根性を持ちあわせていないのでしょうか。それとも、緊急の仕事で超・急いでいたのでしょうか。こうなれば、もうそろそろ既成メディアと対等な市民メディアが必要なんじゃないかと思う。
ともあれ、首長は変えたものの42議席中34議席が野党という中、本当に新知事を支えていかねばならないのはこれからだ。木頭からも県議会傍聴のためにバスを借りようという話も盛り上がっている。地方は末端地域まで力を付けてきている。長野県をはじめ、徳島からも本当の意味での「民主主義」の動きが、全国に大きなウェーブとなって広がっていってほしい。
(徳島県木頭村・玄番真紀子)