げんばまきこの書きしごとなど、ぽつぽつ集めてみました


by hitohiroya

カテゴリ:my works( 26 )

第1回 足半
第2回 父の背中見て
第3回 管流し
第4回 かっこええで ヤスねえ
第5回 あうん
第6回 山の達人
第7回 炭焼きの日
第8回 柚子
第9回 山の暮らし
第10回 石積み
第11回 猟の季節
[PR]
by hitohiroya | 2009-03-28 06:19 | my works

旬の贅沢

〜コープ自然派連合タブル連載「笑う! 田舎暮らし」3月号〜 

 村の数少ない商店には、町のスーパーのように常時生鮮野菜が並んでいることはまずない。野菜はそれぞれ自分の畑で作っているので、たまに仕入れてくる野菜は季節外れのハウスものがほんの少し。菜っ葉類から芋、豆、夏野菜に至るまで、さながら畑はスーパーの野菜売り場のようだ。手塩にかけてばあちゃんたちが育てる野菜の味は、大量に栽培されるものとはまったく違う野菜のようでもある。ひとことでは表せないけれど、とにかくおいしく味わい深い。サツマイモをふかしたのをいただいたときも、それだけで和菓子のようなおいしさだった。気の毒だけど、店に並んだハウスものの野菜たちは肩身が狭そうだ。
 「野菜は旬のものを食べよう」と言われる前に、村には旬の野菜しかないので、絶対冬にキュウリは食卓にあがらない。夏の食卓に毎日毎食登場するキュウリもなすも、秋までが旬。冬には寒い季節に収穫される大根やイモ類など、身体をあたためる野菜が主流になる。当然、毎日同じ野菜が登場することにもなるけれど、その分いろんな調理方法を工夫したり、新しいコラボな料理が発見されたりして結構楽しいのである。野菜の他にも、柿やぶどう、梨やキウイなどの果物まで、驚くほどのレパートリーの広さである。
 今の季節は、ハクサイや小松菜、チンゲンサイ、ほうれん草やキャベツ、大根など、あらゆる菜っ葉類のトウ立ちの季節。寒い冬をじっと耐えて、あたたかいお日様にむかってにょきにょき背を伸ばした菜の花たちのオンパレード。旬の季節、春先だけの贅沢な味覚は、冬中にたまった身体の毒をおろすとか。
 売ってないから作るのか、作るから売っていないのか、自家用だからこその少量多品種栽培。なんとかこのおいしさを町にも届けたいもんだなあと画策していると、隣のばあちゃんが「もうジャガイモ植えたか?」—いえいえ、まだでした。村ではおいしい和菓子も当然売ってないけれど、今年は私も和菓子のようなイモを作るのだー! 「はよう、耕せよ」—はいはい。早く準備せねば、店では買えませんものね。
[PR]
by hitohiroya | 2009-03-28 06:02 | my works

「便利やけどあかん」

〜コープ自然派連合「タブル」連載2009年2月号〜

 「おるか〜。薪いらんか〜」とお隣のおんちゃんがやってきた。家の敷地内のケヤキの枝を切ったからと声を掛けてくれたのだ。
 山に暮らしていても、意外にも薪を揃えるのは一苦労。伐りだす手間も、運ぶ労力もたいへんなもので、重機に頼らざるを得ないことが多いからだ。マイ山など持っていない我が家などは問題外だが、落ちている杉枝を拾ったり、木を切りだした後の切り株をもらいに行ったりして、なんとか細々とお風呂を焚くための薪を確保している。時にこうして薪を提供してもらえるのはたいへんありがたく、「わお、いただきます〜」と即答。
 切ったばかりのケヤキは、枝といえどもかなり重い。こういう雑木の薪は、火力も強く、火持ちもいいので、少量でもかなりのエネルギーになる。これで春くらいまではあたたかいお風呂に入れそうで、もうおんちゃんに足を向けて寝られません。ありがたや〜。
 おんちゃんはケヤキを軽トラからおろしながら「やっぱ、薪の風呂はええだろ。熾きが残って湯が冷めにくいけん。ガスも電気もすぐ冷める。便利やけど、あかん」
 「便利やけど、あかん」—お風呂の他にも、村ではみんなが共通で持っているこの感覚。化学肥料を使わずいっぱい汗を流して肥料になるカヤ(ススキ)を刈るばあちゃん、いろんな種類の漬け物が店に並んでいようとも毎年どっさり漬け物を漬けるばあちゃん、わざわざ山から木を切りだして自力で小屋を建てるじいちゃん。ここでは少し前の、自然と共に暮らして来た頃のライフルタイルが今もそのまま残されている。
 今の時代、自分自身もたくさんの便利を享受しながら暮らしているわけだけれど、近頃の便利さには必ずリスクがつきものだ。でも、そのリスクを頭で考える前に、本物のよさを味や体感などで感覚的にわかっているからこそ、山の人たちは昔ながらの暮らし方を大切にしているんじゃないかな。肩肘張った環境論を振りかざすわけでない、すーっと身体に染みていくようなまさにナチュラルなほんまもんのエコライフ。
 いただいたケヤキの枝。長いままなので、これから鋸で適当な長さに切らねばならない。雑木は枝であっても切るのはとても時間も力も要る。よっしゃ、これでいっぱい汗かいて運動不足一気に解消! 山のじいちゃん、ばあちゃんのエコライフは、環境にも身体にもいいのである。
[PR]
by hitohiroya | 2009-03-28 06:00 | my works
(コープ自然派事業連合機関紙タブル 08年10月号掲載)

 村を突っ切る国道に、9tの大きな岩が落ちて来て全面通行止めとなった。丁度通りかかった車が岩に挟まれ、運転手は命はとりとめたものの大けがという大惨事。これまでにも土砂崩れはたびたびあり、台風のたび、大雨のたびに、どこか崩れないかと気にかかり、なるべく外出は控えようとするもののじっとしていては暮らしていけないので、「カミサマ、ホトケサマ、天国のじいちゃん、ばあちゃん!」とひやひやしながら道を通っていた。まったく人ごとではない。
 2年ほど前も、集落にほど近い国道で土砂が崩れて通行止めになった。迂回路はない。ちょうどその日、近所のばあちゃんたちがゲートボールの試合で町に遠征に行ったと聞いていたので、「あちゃ〜、ばあちゃんたち、帰ってこれんなあ」と心配していたら、夕方、近所のじいちゃんの運転する軽トラの荷台に乗って颯爽と帰ってきた。「崩れたところだけ山越えで歩いて、道の通れるところまで軽トラで迎えに来てもろた」と事もなげに話す。なんでも、歩いて通っていた昔の道が残っていることを知っていたからだと言う。言われてなるほど。はは〜、ばあちゃんたち、さすがや。若いモンなら絶対知らない情報であるし、そもそも「車が無理なら、歩けばいい」、という感覚が私たちの世代には断然欠けている。
 村内では交通事故よりはるかに頻繁にある土砂崩れ。一端崩れると1ヶ月も通れなくなることもあり、普段の生活の不便さはもちろん、急病人が出たときのことを考えると不安でしょうがない。それなのに、奥地であることでなにかと行政の対策も後手後手になり、復旧工事も遅々として進まない。今回の土砂崩れで奥の集落の代表たちが町へ陳情に行ったが、その解答のひとつが「崩れることは前から分っていた」—これには怒りを通り越してあきれてしまう。子どもたちも毎日学校へ通う道。いくら予算がないとは言え、命を守ることを最優先にすることになぜそんなに時間がかかるのだろう。
 因に、ばあちゃんたちが動員されたゲートボールの試合は交通安全週間の一環としての町のイベントだったらしく、なんともシニカル!? しかも優勝という好成績。賞品のトイレットペーパーは山越えには邪魔だったので置いて来たらしい。そのときはばあちゃんたちの強運と機転によってことなくすんだけれど、奥地に住む者としてはそんなイベントを開催する前に、道路の安全を確かめてから交通安全と言って頂きたいんですけど。
 あ、今回は「笑えない!田舎暮らし」になっちゃいました・・・。

 
[PR]
by hitohiroya | 2008-12-03 08:53 | my works
       (コープ自然派連合機関紙「タブル」08年9月掲載)

 先日、とあることで新聞記者のインタビューを受けて職業を聞かれた。ん? 職業とな。ふ〜む、へたっぴながら自給用の畑もしているがそれですべての食材を賄っているわけでなく、いまだにいただく野菜の方が断然多い。雑誌や新聞に連載をさせてもらっているが、それだけで家族を養えるほどのものでもない。週2回ほど村民セクターの店にアルバイトに行っているが、山村留学にも関わっているのでフルで出勤できるほど時間的な余裕もない。
 他に、片手で数え足りないほど、いろいろ掛け持っていることに自分でもはたと気がつき、「ん〜、どの職業にしましょうかね〜」と、困ったのは若い新聞記者。「ひとつに絞らないとだめですかね」「そうですね〜・・・」。で、結局違う人にインタビューし直していた。
 「職業」とはなんぞや、と考えてみた。働いて、その報酬として現金を得ることならば、収入の総額から見て、一番額を高く得ているものが職業なのかなあ。でも、それを生業として位置づけられない自分もいる。
 田舎に住んでいると、お金にならない共同作業がたくさんある。祭の準備、お葬式の段取り、水の管理、寺の掃除やもちろんPTAのしごとも、みんな半端でない力の入れようである。時期にもよるが、現金を得るしごとより、そういった共同作業に充てる時間の方がはるかに上回ったりもするのだ。そしてそれが村の人たちとの大切なコミュニケーションの場であるのだから、お金を得るわけではないけれど、私としては一番上位に位置づけたいしごとでもある。
 そんなことを思うと、特に秀でた才能のない私は「半農半X」どころではなくXもYもZも有りで、まあ変数の多い事。それでもそこそこやっていけたりする。しかもどれも捨てがたい魅力のあるしごとであり、同時進行することで互いに影響しあって高めていくことができる、私的には実はどれも一つにつながったしごとなのだ。と、ここまで説明すると最後までじっくり聞いてもらえそうになりので、新聞記者さん、どうか私にはインタビューしないで下さいね〜。
[PR]
by hitohiroya | 2008-09-16 12:07 | my works

徳島知事選レポート

2002年5月掲載

国民・住民投票を活かす会NEWS 2002.5
山から見えた知事選挙 守るべきものをしっかり見据え

 前知事が収賄容疑で逮捕され辞職したことによる今回の徳島知事選挙。市民らの要請を受けて昨秋に続いて2度目の立候補をし、そして見事その市民パワーで当選したのは元県議の大田正さんだった。メディアはことあるごとに「民主・社民・共産などの推薦」と報道したけれど、その大きな流れを作ったのは県下の市民たちの「勝手連」であり、保守県徳島でまさに「民」の勝利だった。
 「勝手連」という縛りのない、自由意志での選挙への参加—保守県で一見賭け(!?)のような県民の良識を信じた選挙方法は、吉野川可動堰をめぐる住民投票を行った市民たちの考案による。従来の組織選挙ではなく「人から人へ思いを伝える」というのが、勝手連のやり方であり目的でもあった。きっとそれは吉野川可動堰建設計画の是非を問う住民投票(2000年1月実施)での手応えがひとつ大きな自信としてつながっていたように思う。前回の知事選挙でも「知事選の目的は、一人ひとりの力は小さくても自分が少しでも動けば知事も変えることができるということに、多くの人に気づいてもらうことだ」と「吉野川みんなの会」の姫野雅義さんが言われていた。まさに今回も勝手連の一人ひとり、県民の一人ひとりが主役だった。
 そんな徳島市内の動きにとある小さな山村も加勢した。徳島県の端に位置する木頭村は、30年来のダム闘争に打ち勝った村だ。でもダムは中止になったものの、結局県の姿勢はなんら変わっていないことは、村の脱ダムのシンボル「(株)きとうむら」への嫌がらせや、昨年の村長選挙で藤田前村長の対抗勢力を推して当選させたことでも明らかだった。ここにはダム以来延々と、人々の間に深い溝が残されたままでいるのだ。
 村ではダム計画が持ちあがった30年前、村長・行政・議会がダムを推進。その中をリコール運動などで着実に「ダム絶対反対」にひっくり返し、民意を届ける術を模索しながら手中にしてきた。たった人口2000人弱の村が、一度始まったら止まらないとといわれた大型公共事業を中止にまで追い込んだことで「蟻が巨象を倒した」などと形容された。でも、口では簡単に言えるけれど、地縁血縁が複雑に絡み合う小さな村社会である。そのしがらみを振り払っての行動はどれほど苦しい闘いだったろう。大型公共事業を提示され表向きのメリットと裏腹に破壊されるのは、自然だけではない。情に厚く、互いに助け合って暮らしてきた山の民にとって、コミュニティを破壊されることはことさら痛みを伴い、修復が難しいのだ。
 そして、東祖谷山村出身の大田さんもまた山で生まれて育った「山のシ」である。父の炭焼きを手伝いながら片道6キロの山道を歩いて学校に通い、山で「生きる」ために生きてきた経験を持っている。木頭と同じ山のシとして、山の荒廃と過疎化の焦りを痛いほどわかっているはずであり、山の手入れを公共事業で行うことで山の荒廃を防ぎ雇用も生み出すという政策も上っ面だけのものではないことも木頭の人々は感じている。
 木頭は98%が森林だ。戦後復興から高度成長期にかけての木材需要に応え、山々のほとんどの天然林が伐採された。里山を削ってまで国の拡大造林計画に従ったのだ。里山は山の民にとってて暮らしの場そのものであり、ここには今なお薪で風呂を焚き、秋には草を刈って春の畑に鋤きこむ準備をする暮らしがある。そんな中での里山の喪失、そしてすぐあとの木材需要の低迷、荒れる山、過疎化が進む村……。国の「使い捨て」の犠牲になったという思いと、自然の循環を断ってしまったことで自分たちに降りかかる負の結果を痛感した。ダム建設計画をはね返したのは、「もう騙されまい」というそんな経験があったからかもしれない。
 「何としても大田さんに」という思いは木頭シたちを駆り立てた。そのほとんどが60歳以上。みなが必死の思いで選挙資金のカンパ集めに走り回り、県内各地に散らばった旧友へは順番に毎晩電話をかけた。そして自民の組織票を打破するために「投票に行こう!」と書かれたプラカードを持って沿道に立ち呼びかけた。これは勝手連事務所が考案した、かなりステキで効果のある運動のやり方だった。そのために山から下りて下流の町へ遠征。2日とあけず自家用車に乗り合わせ片道2時間もかけて、時には土砂ぶりの橋の上で、時にはお遍路さんが行きかう海辺の町で、通り過ぎるドライバー一人ひとりにプラカードを持って笑顔で手を振りつづけたた。町へ行くほど反応が少なく、「どして町の人は選挙に関心ないんじゃろう。自分たちのことやのに」というのが、木頭シたちには理解しがたい率直な疑問のひとつだった。県南の町で勝手連として少数派ながら頑張っている人たちとも合流し思いをひとつにできたのも、この知事選ならではのことだった。
 こうして自らができるめいっぱいの範囲の選挙運動をしたあとの、大田さんの当確の速報に、いつもは静かな山村で我がことのように喜びあいその晩のうちに集まって祝杯をあげた木頭シたち。ダム以来、守るべきものが何なのかをしっかり見据えてきた強さのようなものが、今回の知事選への思いにもつながったのだと思う。市内だけでなく、保守層が多い各郡部でも必死の運動をしたことは、余り知られていないが取り上げるべき大きな動きだったと思う。
 腹立たしいのは、今回の知事選の結果が市民の大きなパワーにあったことを、なぜメディアがもっと前面に出して報道しないのかということ。度重なる汚職による政治不信、教育の成果(?)による政治への無関心がしらじら〜と国じゅうにはびこる中、人としてこれほど元気づけられる内容はないではないか。市民の力を怖がっていいるのか、取材する力がないのか……。毎度のことではあるけれど、テレビも新聞も「政と官」の伝達機関のようで全く偏っている。多くの人々がそれによって情報を得て自分で判断することなく鵜呑みにしてしまっていることを思うと、本当に怖い。例えば、木頭のババたちが上下合羽姿で雨の中プラカードを持ってずらりと並んでいる中、うっとうしい顔つきで走り去っていったT新聞の記者さん、ちょっと車を止めて取材するくらいの記者根性を持ちあわせていないのでしょうか。それとも、緊急の仕事で超・急いでいたのでしょうか。こうなれば、もうそろそろ既成メディアと対等な市民メディアが必要なんじゃないかと思う。
 ともあれ、首長は変えたものの42議席中34議席が野党という中、本当に新知事を支えていかねばならないのはこれからだ。木頭からも県議会傍聴のためにバスを借りようという話も盛り上がっている。地方は末端地域まで力を付けてきている。長野県をはじめ、徳島からも本当の意味での「民主主義」の動きが、全国に大きなウェーブとなって広がっていってほしい。
(徳島県木頭村・玄番真紀子)
[PR]
by hitohiroya | 2008-07-04 07:38 | my works
新種と在来種のコラボ!?

  村に暮らして丸10年。この間、町から村に移住して来る家族が増えて来た。ありがたいことに、このタブルでの情報や連載を読んで来てくれた家族もある。
 田舎に魅力を感じ村に移住した人たちはそれぞれだが、やはり子育て世代が多いのは、最奥地にありながらまだ小学校が存続していることが大きい。学校の統廃合の進む過疎地にとって、小学生26人全員が徒歩通学というのは地元に小学校が残されている証だ。学校の行き帰り、村のじいちゃんばあちゃんが「大きいなったのう」と、子ども達を我が孫のようにあたたかく見守ってくれることは本当に有り難く、何ものにも換えがたい価値がある。
 そんな町では得難いものを実感している移住者組の母たちが、もっとIターンやUターンを募り村の子を増やそうという取り組みに加わることになった。生まれ育った地ではないけれど、今や全国的に小さな学校が廃校に追い込まれていることを考えると、なんとしてもこの子ども達の育つ恵まれた環境を守りたいと心から思うからだ。村生まれ組の若手たちと共に、どうすれば村をアピールできるか頭をひねる。
 この夏に予定している移住希望者対象の宿泊体験企画「山里ステイ」の内容を話し合いながら、村のシ(人)たちの「当たり前」を「へー、そんなことができるんだ!」と目を丸くする私も含む移住組の母たち。釣りにしても鉈さばきにしても、山で技無しの私たちには離れ業の一つなのだ。「へー、そんなことに驚くのか」と今度は村のシたちが驚いたり。もう驚きの応酬の中で、いろんなアイディアが生まれてくる。夕食予定メニューの「天然酵母パンと鹿肉と地元野菜のカレー」などはまさに新種と在来種のコラボが具現化したようなもの!? こうして新旧入り交じって、文字通り味のある面白いものが出来上がりつつある。「守りたいもの」を守るために、古きを大切にした新しい形は、移住者が増えて来たからこその成果であり、地元のシたちの魅力的な暮らしがそこにあるからこその成果でもある。こうして夏の移住交流事業計画は着々と進行中。
 子どもの声が響いてこそ、小さな芽を育てる大きな森のように、人という集合体として集落は生き生きと活気づく。「子どもは宝」—そんな言葉が当たり前に出てくるこの村に、来れ!田舎で子育て志願者。
[PR]
by hitohiroya | 2008-06-29 06:07 | my works
KYよりDY

トゥルルル、トゥルルル・・・ガチャッ「もしもし玄番ですけど」 
「いつ帰ってきたんじゃ?」
村の人からの電話は、いきなり用件から始まる。
「大阪行っとったんか」
えーっと、誰やったかなー・・・?
「玄関にハクサイ置いといたけんど、留守なようやったけん」
ん? ハクサイ? ・・・。そしてさんざん話を聞いた後ようやく、
「あ、アッコさんですねー。ああ、ハクサイ、ありがとう!」と私。村にきて10年、まだまだ「名乗らない電話」には慣れていない。「村人検定」などがあるならば、これはかなりの上級コースだ。たまに子どもが電話に出て用件を聞くものの、電話をきってから「誰だっけ?」。あとでみんなで推測する。「女の人? ばあちゃんやった? 早口やった?」。村の人同士なら声だけでわかって当たり前、なかなか話の途中で「誰でしたっけ?」とは聞きにくい。
 小さな村なのでみんな電話番号も似通っていて、たまに番号を間違えてかけてしまっても、「あれ? サトちゃんの声やのう。アキねえに掛けたつもりやったのに・・・まあ、ええわ。元気にしとるかー? そう言えば今度のー・・・」と違う展開にもなるそうだ。つながってるなあ、とほっこりするし感心もする。また、雪が降ったら「雪かきしたか?」、雨が降ったら「裏の山は大丈夫か?」と、ことあるごとに村の中でお互いの安否を気遣う電話ネットワークは防災無線より確かなものだ。「昨日家に電気ついとらなんだじゃろ。電話は面倒なけん、様子見に来たわ」と直接玄関先に現れる時も多い。
 近頃、国が要請した集落の自主防災会なるものが作られた。連れ合いが班長になったので、お触れどおり隣組の電話番号を確かめたり、不在の時の連絡先などを聞きにまわっているが、「なんやこれ、すでにみんなお互いにわかってることばっかりやな」とぶつぶつ言いながら近所を回っている。過疎地だからこそ、お互いを気遣う気持ちが結局は防災意識につながっているのだ。山に暮らしていて何かあったとき大丈夫か、災害のときどうするのか、と心配されたりするけれど、こんな隣近所とのつながりがあるから、私自身は町に暮らしていた時よりも安心感がある。
 そういう意味では、村の「名乗らない電話」リストはいのちのリストでもあるわけだ。はやく私も名乗らずとも話のできるネイティブに近づきたいものだ。一歩間違えば「オレオレ!」電話に引っかかってしまいそうだし。ここではKY(空気が読めない)よりDY(誰だか読めない)のほうが断然困るのだ。
[PR]
by hitohiroya | 2008-06-29 06:03 | my works
コープ自然派連合機関紙タブル2008年3月号掲載

 「ああ、しまった、今年も寒の餅がつけんかった」。気がつけばもう3月。いや、でもまだ今年は寒い。ひょっとして「寒」のふりしてへぎ餅(かきもち)もできるかも、などと淡い期待を持ってアキ姉(ルビ・ねえ)に聞いてみた。「ほれがあかんのよ。寒について干した餅は、何年たってもカビがはえんし長持ちする。けんど、今から作ったへぎ餅は、知らん間にホリ(コクゾウムシ)に食われて無くなってしもてる」。あちゃ~、遅かりし。
 「寒」の季節というものを、村に来てから強烈に意識するようになった。それまではお恥ずかしいことに、寒の入りのニュースを聞いては「あ、寒いんやなあ」くらいの文字どおりサムい感想を持ったくらいで、そもそも1年のうちのいつごろなのかまったく興味もなかった。それが実はこの「寒」というのは、1年のうちでも特にミラクルな季節なのだと、村のじいちゃんばあちゃんの暮らしの中から教わった。
 先の「寒の餅」、このあたりでは寒に入ると餅をついて薄く切り、干して乾かし保存する。「おへぎ」と呼ばれるこの餅は、焼いたり揚げたりして1年中重宝するおいしいおやつになる。毎年作ろう、作ろうと思いながら、ついつい忘れて3月に入ってハッと思い出す。干した餅がカビずにすばやく乾けばいいのなら、十分に気温が低ければちょっとくらい時期がずれても・・・と、のんきな素人感覚で思ったわけだったが、やはり考えが甘かった。なんで? なんで寒の餅はそんなに保存がきくんだろう? 「さあのう、水が冷たいけんかのう。やっぱり『寒』は『寒』だけある」とアキ姉。
 そう言えば、ヒロ姉も寒の季節の水をわざわざ瓶に入れてとっていた。「寒の水は腐らんけんのう。味もやっぱ違うような気ぃするぜぇ」と。毎日何気なく飲んでいる水も、その時期によって味や成分が違うのは思えば当たり前なのかもしれない。その中でも「寒の水」というのは、水温が低いということだけなのだろうか。
 水だけではない。畑でもその頃に蒔いて育った菜っぱ類は、春が来てもトウ立ちが遅く、虫にも食われにくいという。また、寒に一度田んぼを耕しておくと、稲の発育にもいいらしい。いったい、私が寒い寒いとコタツでまるまっているうちに、自然界のミクロな世界ではどんなミラクルがおきているのだろうか。興味は深まるばかりである。どなたかご存知でしたら教えていただきたいのですが・・・。
  かくして、今年も寒のへぎ餅が作れずに春を迎えてしまった。すっかりしょげていると、アキ姉が納屋から四角い缶をもってきて、「去年のじゃけんど、持っていけ」と中からへぎ餅を取り出して袋にどっさり詰めてくれた。「ありがとうございます。来年は忘れずに作ります!」。「はっはっは。去年もそう言うとらなんだかー?」。おっと、鋭い。来年こそはカレンダーに太字で「寒」としっかり書き込んでおかねば。節分を過ぎてまたオニに笑われないように。
[PR]
by hitohiroya | 2008-03-01 07:31 | my works
コープ自然派連合機関紙タブル2008年2月号掲載

 あれは忘れもしない、移住してすぐの秋。近所のばあちゃんが、剪定した柚子の樹の枝を集めて燃やし、その灰を大事に袋に詰めていた。何に使うのか聞いてみると、「ほうれん草を蒔くところに鋤き込むんじゃ。石灰をまいたりもするけんど土が堅うなるけん、灰がいちばんええ。種を蒔いた後は、シートで覆うんじゃ。このごろは雨が酸性やけん、雨にあたらんようにな。」
 私は高校時代化学が苦手だったけれど、目の前でばあちゃんがこんなインパクトのある化学の授業をしてくれていることに、驚きもし感動もした。ほうれん草は酸性に弱い。酸性の土を灰のアルカリ性で中和し、さらに酸性の雨を防ぐためにシートを掛ける。ばあちゃんたちは、野菜など作物を作る経験から、酸性雨のこと、環境の異変のことを何もかも肌で感じて知っているのだ。それに、学校の授業では石灰と灰の違いなど習うことはなかった。ばあちゃん、すげー! と思った。
 あれから10年経つけれど、そんな驚きはほんの一例。芋や椎茸はお日様に干したら甘くなり、竹は春に切ると虫が入って使い物にならない。木を山から切り出すために使うワイヤーは、複雑に滑車を組み合わせて、最小限の力で重い木を運ぶことが出来るようになっている。ばあちゃんは、くたくたに炊いたコンニャクイモに広葉樹の灰で作った灰汁を混ぜて、ぷりぷりのこんにゃく玉を作り、じいちゃんは、小屋を作るとき屋根の勾配のややこしい計算をものの数分で暗算し、炭焼きではどのくらいで空気を遮断すればいい炭になるかを知っている。
 こんな風に毎日、自然界の法則が入り込んでいて、否応なくその影響に左右される山の暮らしがある。私が赤点すれすれでひーひー苦しんでいた学校での化学が、物理が、数学が、当たり前に村の人々の了解事項となっていて、また目の前で人の手によって鮮やかに実験され、時には試行錯誤のすえ証明される。ただ学校と違うのは、その実験が目的ではなく、暮らしていくための「衣食住」が到達点だということだ。
 私もここでじいちゃんばあちゃんに密着して暮らしていたら、もっともっとおもしろく、身近に、化学や数学を学ぶことができただろうなあと思う。結局あんなに苦労して覚えた化学式が私の場合いま何一つ役に立っていないわけで・・・。もちろん細かく数値化し分析し、さらに内容を深めて未来を予測していくのが学問なのかもしれないけれど、自分が暮らしていく上で知らなければならない本当の勉強ってなんだったのかな、と。
 去年の12月、畑を貸して下さっているばあちゃんがエンドウの種を蒔いていた。「このごろは冬もぬくうなって、温暖化っちゅうんか。昔はエンドウは年明けくらいにまいとったけんど、ちょっと早い目にまいてみよう思うて。毎年畑の研究しよる。はっはっはー」とかわいく笑うばあちゃんは今年82歳。おそるべし、ばあちゃん科学者は今なお現役で研究し、未来も予測している! 
 
[PR]
by hitohiroya | 2008-02-01 07:27 | my works