「田舎暮らしの本」(宝島社)2004年11月号掲載
身近な野草が
薬になる
「ありゃあ。足がめんどいことになっとるの」。虫さされやあせもで、ひっかき傷だらけの娘の足を見て、イワ兄がぽつり。走り回って遊んではすぐに汗をかくので、塗り薬もあまり効き目がない。
「ホウセンカの焼酎漬けが効くぞ」とイワ兄。
「え、飲むんですか?」
「違う違う、あせもにつけるんじゃ。わしらも小さいときから家に作って置いてあったわ」。
ホウセンカの花を摘み、焼酎に2,3週間漬け込んでおいたものを、患部にひたひたと付けるのだそうだ。花は白いものに限るという。
「あせもにはよう効く。擦り傷には、ハミ(マムシ)の焼酎漬けがええ」。
居合わせたケイ兄も「ほーじゃ、ほーじゃ」と頷いている。
「山で仕事をしているときも、薬なんぞ持っていかんけんの。ケガしたらヘクサンボ(ヘクソカズラ)のツルをつぶしてその汁を塗ったし、化膿したところにはドクダミを蕗の葉に包んで火の中に入れて、蒸されてドロドロになったのを付けるんじゃ。ほんならいっぺんに治ったもんじゃ」。その他にも、ネブカ(ネギ)の汁は虫さされに、ヨモギの葉は切り傷にと、山暮らしならではの民間療法を、誰もが共通に身に付けている
外用だけではなく、飲む薬も自前で調達する。以前、この辺りでもすっかり珍しくなったという「センブリ」という薬草をキク兄にもらったことがある。センブリは名前の通り「千回湯の中で振っても苦い」というほど独特な苦みがあり、食あたりや胃腸痛に効くという。サバなどの青魚にあたったときは「クロモジ」の木を削ったものを、子どもの熱にはウドの根を乾燥させたものを、それぞれ煎じて飲む。
病気、ケガ、家畜用の薬まで、それらがどの季節に、山のどの辺りに自生しているかもすべて把握し、さり気なく利用している山人の暮らしが、今もここにある。
「医者いらず」と
「医者おらず」
今では村に診療所があるし、大きなケガや病気なら車で町まで行くこともできる。でも、じぃやばぁたちが子どもの頃は医者の一人もいなかった。ちょっとばかりの病気やケガなら、そういった自然の薬を取り入れながら、自力で治すしかなかったのだ。もちろん山の労働で鍛えぬいた身体は、貧弱な私たちとは比べものにならないだろうけれど、少なくとも「医者いらず」以前に「医者おらず」だったのは確か。
ただ、重い病気の場合に限ってはやむなく町の医者にかかったという。
近所同士が7,8人集まって、峠を越えて町まで病人を運ぶ。運ぶ道具は、担架のようなものを考えていたが、
「担架では、山の急なところで病人が滑り落ちてしまう」と、キク兄に笑われた。イメージとしては時代劇の駕籠のように、長い棒に、布でつり下げた板の上で病人は座った姿勢のまま運ばれるのだそうだ。細く、曲がりくねった山道なので、前後1人ずつしか担ぐことができない。それぞれが手弁当で時々交代しながら、乗り合いバスに乗れるところまで運ぶこと40キロ。もちろん足はわらじ履き、1日がかりの大仕事だった。
こうした「山の救急隊」出動もそうたびたびあることではなかったが、80歳を過ぎたウヂヲさんはよく覚えている。「うちの母親は病身やったけん、何度か運んでもろうたわ。運ぶ方も大変、運ばれるほうも重病じゃもの、まぁ、大変じゃわの」。何もかも便利になった今となっては、そんな大変な運搬劇も、それほどまでの人と人との結束も想像することすらできない。でも、そんな時代を生きてきた人たちだからこそ、強く、温かく、優しいのかもしれないな。
民間薬の
効き目はいかに
さて、今や貴重な「センブリ」を、食べ過ぎて胃もたれしている連れ合いに試してみた。
「にっが~」と顔をゆがめる連れ合い、「でも、効きそうな気がする」。1時間後にはすっかり治って、その効果に驚いていた。センブリが効いたのか、時間が経ったからよくなったのか、センブリを飲んだという気分から治ったのか。野草の薬効は西洋薬ほど即効性はなく、人によって効き目が違うと言うからあまり過信はできないけれど、少なくとも身近な自然の効力を身体に取り入れるのは身も心も何とも気持ちがいいものだ。
身近に病院があることは確かに安心感はある。でも、できることなら厄介になりたくはないし、西洋医学に頼らず身体の自然の声に耳を傾けていたいと思う。
早速、じぃやばぁたちに聞いた民間薬を自分でも作ってみようと、まずはホウセンカの白い花を集めて焼酎に漬け込んでみた。これができあがる頃には秋風が吹いてあせももひいているだろうけれど、来年の夏に向けてじっくり熟成させるべし。
子どもたち、来年も山や川でたくさん遊んでたくさん汗をかいて、あせもをたくさん作っておくれ。母は今から試してみたくてうずうずしているのだから。